在宅医療=自宅で看取るということではない

家で生きるのか? 家で死ぬのか?

よく在宅医療というと「家で死ぬこと」を実現させるためにあるように言われます。結局、在宅医療というのは「家で死ぬこと」なのか?「家で生きること」なのか?、という議論になることがよくありますが、「家で死ぬこと」は結果であって、目的ではありません。このことをきちんと理解していない人が多いがために、在宅医療は家で死ぬためにあるものと勘違いしている人が非常に多いのです。

 

「絶対に家で死にたい」という人は少ない!

 今後、ますます高齢化社会が進み、多死社会を迎える上で、政府としては病院のベッドをこれ以上増やさずに、できるだけ在宅死を増やそうとしています。そして、病気が治らない状態になった時に、自宅で療養をしたいという人が多いことも事実であり、在宅医療は社会的にも患者側にもニーズがあります。しかし、実のところ、在宅医療を始める段階で「絶対に家で死にたい」という人はそう多くはなく、私の臨床経験でいうと10%くらいの印象です。実際には「できれば最期まで家にいたいけど‥、家族に迷惑もかけたくないし‥、何かあっても困るし‥」程度の人がほとんどです。この「できれば」という言葉がほぼ必ず入ります。

つまり、「自宅で少しでも長く生活すること」を希望はしても、「最後まで家にいること」=「自宅で死ぬこと」自体を切望している人は少ないのです。

 

在宅医療の目的は、最後まで自宅で生きることを支えること!

 在宅医療の目的は「家で生きること」を支えることです。「できれば家にいたい」と願う人達に対して、本人や家族が「これくらいなら、家にいられるかな、家にいたいな」と思える状態を積み重ねていき、結果的に最後まで、つまり亡くなるまで続けるということです。これが在宅医療の本質です。在宅医療は死に向かって突き進めて行くのではなく、1日1日を家で穏やかに過ごせるようにマネジメントし、それを最後まで続けることなのです。そのため、質の高い在宅医療を受けられれば、結果として自宅で最期を迎える確率も高くなり、「本人の希望が、最後まで叶って良かったね」ということになるわけです。もちろん、病状によっては総合的に判断して入院した方が良いと言う方針になることもありますが、それは在宅医療の失敗ではなく、患者さんやご家族のメリットを考えた適切な選択なのです。

 

在宅医療を始めるにあたって考えておくべきこと

ですから、在宅医療を始めるにあたって、死ぬ場所をどこにするのか決める必要なんてありません。何かあった時にどうしようかも考えておく必要はありません。最低限の大まかな希望を主治医に伝えておけばいいのです。もちろん、確固たる希望がある場合には、その希望を主治医だけでなく家族にも話して了解を得ておく必要があります。大きく分けると以下の4タイプになるでしょうか。

 

  1. 今後、何があっても絶対に病院には行かない!絶対に家で死ぬ!
  2. 何かあれば病院へ行くことも考えるが、できれば自宅にいたい。
  3. 何かあれば病院へ行くことも考えるし、どちらかというと病院の方が安心。
  4. 最終的には病院に入院したい。

 

これくらいの希望を伝えておけば、あとは主治医や訪問看護師がその場その場で判断をしてくれます。もちろん、一度決めたからといって、変更できないことはありません。時間が経てば、病状も気持ちも変化してきます。気持ちが変わった時には遠慮なく、その旨を主治医や訪問看護師に伝えてください。

 

 

 いかがでしたでしょうか?死ぬ直前まで人は生きています。その生きるを自宅で支えることが在宅医療であり、「できれば自宅で過ごしたい(家で生きていきたい)」という患者さんの希望を叶えるための手段なのです。それが最後まで続けば、結果的に自宅看取りへと繋がって行くのです。

 

自宅で死ぬことは目的ではありません、結果なのです。

「自宅で生きる」を支えること、これこそが在宅医療の目的なのです。

 

 

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加藤 寿

加藤 寿

総合診療科祐ホームクリニック
職業:医師、専門:総合診療科、緩和ケア 自治医大を卒業し、埼玉県秩父地域で総合診療科として地域医療に従事。緩和ケアチームを立ち上げ、在宅医療の充実を図り、住み慣れた自宅で最期まで過ごせる地域作りに貢献してきた。医療の原点は地域にあると感じ、人を診る医師、地域を診る医師の育成を目指す。

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