在宅医療のケース

在宅医療の実際をイメージしてもらうために在宅医療の具体的な例をご紹介します。

在宅トメ子さんは、87歳の女性です。

専業主婦として3人の子どもをもうけており、子どもがそれぞれ独立したあとは、夫とふたり暮らしでした。銀行員だった夫も65歳で退職し、二人で趣味の山登りに行ったり、近くに住む長女のところにいる三人の孫の世話をしたりしてマイペースに過ごしていました。高血圧の持病があり、50歳ころから家の近くの内科に月に一回バスで通院し、お薬をもらっていました。

 

脳梗塞発症

78歳の時。ある朝、いつもの時間になってもなかなか起きてこないことを不思議に思った夫が寝室に声をかけに行ったところ、トメコさんは意識が朦朧としておりうまく話せず動けません。夫はすぐに救急車を呼びました。病院に搬送され、検査の結果、脳梗塞と診断されそのまま入院となりました。リハビリ病院に転院し熱心にリハビリを行いましたが、左手と左足に軽い麻痺が残りました。

 

自宅に退院、タクシーで外来通院

2ヶ月後、トメ子さんは自宅に退院することとなりました。入院中の主治医の勧めで退院の時に介護申請を行って要介護2となりました。入浴を兼ねて週に二日デイサービスに通うようになりました。また、家事を夫とトメ子さんだけで行うのが難しくなったため、デイサービスがない日にヘルパーさんに来てもらうことにしました。これまで飲んでいた高血圧の薬に加えて、脳梗塞を起こしにくくなるお薬と胃薬、高脂血症のお薬が追加となり、かかりつけの内科まで夫が付き添いタクシーで通うようになりました。

 

肺炎になり入院、胃瘻の選択肢

デイサービスと訪問ヘルパーの利用で生活は安定し、近くに住む長女の助けも借りながらではありますが、穏やかな生活が送れていました。しかし、87歳になった年の冬、食事の際のむせ込みをきっかけに肺炎を起こしてしまい入院することになりました。肺炎が良くなり食事が始まると、またむせ込み熱が出ることを数回繰り返しました。このため、主治医から胃瘻(いろう)を作ることを勧められました。胃瘻とは、お腹に小さな穴を開けてチューブを通しそこから栄養剤を注入する方法で、簡単な手術で行うことができる一般的なものだとの説明でした。また、胃瘻を作ることで食事の際のむせ込みを気にする必要がなくなること、特に施設に入るのであれば胃瘻を作っていることが入所の条件である施設も多いことも主治医から説明されました。

胃瘻を作るかどうかについて、夫と長女夫婦も交えて相談を行いました。この入院中寝たきりで足腰が弱っていたため、夫と二人暮しの家に戻ることが難しいかもしれないと夫と長女は考え、胃瘻を作り施設に入居してもらうことを考えました。

 

 

ここで①と②に分岐します

①延命治療は希望せず、在宅医療へ移行した場合

しかし、トメ子さんは胃瘻や無理な延命処置は希望せず、住み慣れた家に戻りたいと言います。どうしたらいいか悩んでいたところ、長女の夫がインターネットで在宅医療というものを知り提案してくれました。家の近所にある太郎クリニックが訪問診療をしていることをホームページで知り、夫と長女で相談に行ってみることにしました。

 

在宅医療との出会い

太郎クリニックの太郎先生に話を聞くと、在宅医療と在宅看護を組み合わせることで、今のトメ子さんの状態でも十分家で生活を送ることができるとのことでした。在宅医療を導入することで太郎先生が定期的に家に来てくれて、さらに24時間365日で対応をしてくれ、熱が出たときなどには臨時で往診に来てくれるとのことでした。また、在宅医療を一旦導入しても、病気の悪化などで家で見るのが難しくなれば、その都度入院先も見つけてもらえるとのことで夫も安心しました。夫と長女からトメ子さんに在宅医療のことを伝えたところ、トメ子さんはとても喜びました。入院の主治医の先生に在宅医療を使って家に帰りたいとお願いし、自宅に退院することとなりました。退院の数日前にもむせ込みから発熱し、退院日にも37.8度の発熱がありましたが、多少熱があっても大丈夫と太郎先生から言われていたこともあり、予定通り退院しました。

 

訪問診療開始

退院時、あらためて介護認定を受け、要介護5となりました。退院日に太郎先生が診察に来てくれて、退院時にも行っていた点滴の抗生剤を入れてくれました。熱は退院後2日で収まりました。

 

訪問歯科で食べることをサポート

むせ込みが問題となっていたので、歯医者さんと歯科衛生士にも家に来てもらうようにしました。退院して4日目、歯医者さんがはじめて家に来てくれた際に、ジュースを口に運んだところむせ込まず飲み込むことができました。どうやら、むせ込みが起きやすかった原因の一つは食事の際の姿勢にも問題があったようでした。歯医者さんと衛生士さんの指導もあり、徐々に食事が食べられるようになりました。

 

訪問リハビリでトイレ移動の練習

家に帰ったときは自力でベッドの端に座るのがやっとであり、オムツが手放せない状態でした。このため、自宅にリハビリに来てもらうようにしました。退院して1ヶ月が経った頃には、リハビリの甲斐もありベッド横のトイレには自分で移れるようになりました。

 

自宅でも一時的に点滴

食事を食べることができるようになったものの、量としては肺炎で入院する前の半分程度しか食べられませんでした。また、気をつけてはいても、むせ込みから熱を出すことがあり、その都度太郎先生の往診を受けて抗生剤の点滴をすると数日で熱は収まりました。

 

徐々に体重減少、衰弱

退院して半年ほど経った頃から徐々に体重が減るようになりました。本人の様子にはあまり変わりはなく、特に最近生まれたひ孫を孫が連れて遊びに来ると大変喜んでいました。88歳の誕生日も孫やひ孫に囲まれ自宅で祝ってもらいました。しかしその後、食事量も徐々に減りました。あらためて太郎先生から本人、夫、長女に胃瘻の選択肢があることや点滴で栄養を補うこともできることが説明されましたが、本人はそれを希望しませんでした。

 

家族に囲まれた穏やかな最期

ある日から全く食事が入らなくなりましたが、水分やゼリーは少しだけ口にすることができました。徐々に、寝ている時間が増えベッドから離れられないようになりました。水分やゼリーも本人が口にしたがらないようになった3日後、太郎先生からお看取りが近づいているとの説明がありました。その夜、自宅で多くの家族に見守られて亡くなりました。死亡診断書の死因の欄には「老衰」と記されました。88歳でした。

 

②胃瘻を作り施設に入所した場合

トメ子さんは胃瘻を作り特別養護老人ホームに入所しました。老人ホームでは、他にも胃瘻を入れている方が多くおり、食事の時のホールでは一斉に胃瘻から栄養剤が注入されていました。食べることが楽しみだったトメ子さんは、希望していた家にも帰ることができず、すっかり元気をなくした様子でした。それでも、面会に夫が来てくれた際には嬉しそうに過ごされていました。

施設での生活

胃瘻とはなりましたが、時折肺炎を起こして熱を出すことはありました。胃に入れた栄養剤が逆流して肺炎を起こしていて、珍しいことではないとのことでした。それならどうして胃瘻を作ったのだろうとトメ子さんは思いましたが、むせ込みに気をつけながら食事をさせるのは時間と手間がかかるため、この施設に入居する際は胃瘻を作ることが条件になるとのことでした。また、施設ではリハビリを行うことが困難で、寝たきりでオムツをつけっぱなしの生活でした。

 

脳梗塞の再発

施設に入居して1年経った頃に、再び脳梗塞を起こしました。今回の脳梗塞は範囲が広く、話をすることができなくなり体も左半分が麻痺で全く動かなくなりました。それでも胃瘻があったため生きていくのに必要な栄養はとることができました。声をかけると目は開けるもののコミュニケーションが取れない状態でさらに1年が経過しました。

 

病院での治療の末、看取り

その後も、トメ子さんは肺炎を起こし、入退院を繰り返していました。ある時の肺炎では特に状態が悪化し、血圧も落ちて酸素を投与しなければいけない状況となりました。菌が血液の中に入り状態が悪化しているとのことでした、たくさんの点滴や痰を取るための吸引が繰り返されましたが、治療の甲斐なく病院で亡くなりました。死亡診断書の死因の欄には「肺炎」と記されました。89歳でした。

 

 

いかがでしょうか。

在宅での看取りの場合、病院での看取りとずいぶん状況が異なります。病院は治療をすることが目的の場所であるため、脱水になれば点滴し、貧血になれば輸血し、血圧が下がれば血圧が上がる薬を投与します。亡くなる寸前まで医療行為によって死を遠ざけようと戦い、その戦いの果てに死があるイメージです。在宅で病院と同じような病気を治すための治療を行うことは難しく、また家族の負担も非常に大きくなります。そのため、病気を治すという積極的な医療を希望されるのであれば病院に入院して治療を行うことを勧められます。一方で、在宅医療では、積極的な治療ではなくケアを中心とした対応となることが多く、本人に負担が大きい治療や検査はできるだけ行わず、自然な経過で看取りまでを行うことが多くなります。どちらが良い医療ということはありませんので、ご自分の病状や希望に合わせて選択することが重要です。

 

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内田 直樹

院長(精神科医)たろうクリニック
福岡大学病院精神神経科医局長、外来医長を経て2015年4月より現職。認知症の診断や対応、介護家族のケアなど在宅医療において精神科医が果たす役割が大きいことを実感。また、多くの看取りを経験する中で、人生の最終段階について事前に話し合う重要性を感じている。

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